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8段階のヨーガ(その5)

:プラティヤハーラ(制感)(1)

2020年6月10日

 私が主催する古典ヨーガ教室Lila Bhuwanaでは、プラティヤハーラ(感覚の制御)の実践を取り入れているという点で、他のヨガ教室とは異なる特徴をもっていると言えます。

瞑想への架け橋

 プラティヤハーラは、古典ヨーガの8支則のうち5段階目となりますが、これまで見てきたヨーガの教え(ヤマとニヤマ)、アーサナ、呼吸法とあわせて「外的ヨーガ」(ヨーガの準備段階)に位置づけられます。その後の3つの瞑想が「内的ヨーガ」であり、ヨーガの本質と考えられています。プラティヤハーラは、この「内的ヨーガ」と「外的ヨーガ」の間、真ん中に位置し、その2つをむすぶ架け橋なのです。

ほとんど実践されていない?

 プラティヤハーラが自覚的に取り組まれることは、ほとんど無いように思います。多くの場合はアーサナだけか、呼吸法(プラーナーヤーマ)も少しやるかもしれません。ヨーガの教え(ヤマとニヤマ)について聞き、考えて、語る機会も、なかなか無いかもしれませんね。クラスの前後に瞑想をすることも多いと思いますが、プラティヤハーラに取り組んだという経験をした人は少ないのではないでしょうか。

 もちろん、アーサナと呼吸法が一部重なっていたり、呼吸法と瞑想が重なっていたりすることがあるように、プラティヤハーラも意識しないままにアーサナや呼吸法のなかで行なわれている、ということがあります。しかし、それをより自覚的に、意識的に行うことにより、外的ヨーガであるアーサナおよび呼吸法と、内的ヨーガである瞑想との架け橋をいっそう力強いものにしてくれるはずです。

古典のなかのプラティヤハーラ

 ヨーガの古典のひとつ『カタ・ウパニシャッド』では、ヨーガの定義として次のようなものが登場します。

 ヨーガとは「5つの知覚器官を不動に執持する(しっかりつかまえておく)ことである」

 「知覚器官をしっかりつかまえておく」とは、感覚があっちに向いたり、こっちに向いたりしないようにするということ、より具体的にいえば、良い匂い、うるさい音、足が痒い、目の前の金銭などに感覚が振りまわされないということを意味します。

 すなわち、この説明からは、

  かつてヨーガにおいて、感覚の制御(プラティヤハーラ)こそがその主眼であった  

という時期があることがわかります。

 他方で、このブログでたびたび参照している『ヨーガ・スートラ』では、プラティヤハーラについての言及は、その他の支則(アーサナや呼吸法、瞑想など)と比べるとたいへん短く、以下の2つのことのみが記されています。

 「制感とは、諸感覚器官が、外側にあるそれぞれの対象と結びつかなくなることである」
 「制感の行法を修習してゆくならば、ついには感覚にたいする最高の統御が生ずる」

 これだけだと、何をすれば良いのかわかりにくいですよね。

 プラティヤハーラ(感覚の制御・統御:制感)とは何かについて、スワミ・ヴィヴェーカーナンダの『カルマ・ヨーガ』には、亀が甲羅のなかに手足を引っ込めるという例が使われます。同じことを私たちの感覚について行うこと、つまり、感じられるものに引っ張られないように感覚を引っ込める実践がプラティヤハーラということになります。

日常のなかのプラティヤハーラ

 実は、このことは、ヨーガを知らない人でも日常的に実践しているものです。例えば、何か食べたいもの、欲しいものがあるとき、そのことが頭を離れずにモヤモヤする…、イライラする…というようなときがあるかもしれません。でも、別にそれを食べなくても死にはしない、それを手に入れなくても十分幸せだと考えて、ふっと気持ちが軽くなる時、私たちの感覚は、その対象である食べ物や商品から離れることになります。

 このとき、無理やり我慢してどうにか忘れる(=感覚を閉じる)というよりも、自分の内側にある広大で静かな心の状態に意識を向けると、自分の外側にあるものがちっぽけにみえて、たいしたことじゃないなと思える(=感覚を内側に開く)というような状態が重要です。

瞑想や呼吸法との関係について

 それでは、ヨーガとして、何をどうすればそのような統御ができるようになるのでしょうか。例えば、ハタヨガでは、身体の中の微細な音(特に心音)であるアナハット・ナーダを知覚しようとする「ナーダヌサンダーナ」という瞑想があります。

 これは、自分の内側に集中することで、自分の周りのいろいろな音に惑わされないようにするという点で、プラティヤハーラの特徴をもつ瞑想です。このブログの「プラーナーヤーマ」のところでとりあげた、「ナーディショーダナ」にもそのような特徴があります。空気の通り道を意識したり、プラーナの通り道を意識したりすることは、自分の外側に向いている意識を内側へと向ける効果があります。

実践としてのスークシュマヴィヤヤーマ

 しかしそうはいっても、ナーダヌサンダーナは瞑想ですし、ナーディショーダナは呼吸法のため、あえて「プラティヤハーラ」の実践と言う必要はありません。ここで注目したいヨーガの技法は、スークシュマヴィヤヤーマ(簡易的な運動/準備運動)と呼ばれるものです。

 通常、スークシュマヴィヤヤーマは、強度の高いアーサナを行う前に、身体を慣らすための準備運動としてなされるものでしかありません。しかしこの、スークシュマヴィヤヤーマこそ、プラティヤハーラの実践の機会になるということをお話ししたいと思います。

 プラティヤハーラとスークシュマヴィヤヤーマについては、次回に続きます。

 8段階のヨーガ(その5):プラティヤハーラ(制感)(2)