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古典ヨーガについて(3)日常とヨーガ

2020年1月10日

 今回は、古典ヨーガにおける8段階のヨーガ(8支則)のうち、教えや普段の心得にあたる、「1.禁戒(してはならないこと)」と「2.勧戒(おすすめのこと)」に着目して、まず、なぜそのような日常の心得のようなものが大事なのか、それはヨーガと言えるのかどうかについてお話をしていきたいと思います。

ヨーガの教えと日々の生活

 近年のヨガでは、心得や教えが伝えられる機会がめっきり少なくなっているようです。でも、私は、そういったものもやはり大切だなと思うことが度々あります。なぜなら、それらの教えの実践は、私たちの日常生活そのものとして行うことができるからです。ハタヨガの様々なポーズや特殊な呼吸法は、なんだか難しそうで、限られた人しかできない特別なもので、自分には関係ないかなという気にさせてしまうことがあります。その逆に、それらができるようになると今度は、他の人にはできないことが自分にはできる!なんて、つい有頂天になって、心が乱れたりします。

 でも、本来ヨーガは、誰にだって、どこでだってできるものであると思うのです。わたしが古典ヨーガをおすすめする理由のひとつはそこにあります。ヨガをしたことが無い人はもちろん、子供だって、ご高齢の方でも、寝たきりの人でもできるのです。

(ちなみに、ハタヨガ等である程度ポーズや呼吸法ができるようになった方にも、Lila Bhuwanaの古典ヨーガはとてもおすすめなのですが、その理由についてはいずれまた改めてお話したいと思います。その鍵は、「5.制感(プラティヤハーラ)」と「6.集中(ダラーナ)」にあります。)

 古典ヨーガのテキストのひとつに『カルマヨーガ』という本があります。ここには、ヨーガに携わる人たちが普段、どのように考えたり行動したりするべきなのかについて、様々な事例が登場します。そのひとつは次のようなものです。

『カルマヨーガ』に見る「日常=ヨーガ」

 あるヨーガ行者が森のなかでひとり苦行に明け暮れ、その結果、頭から強力なレーザー光線が出るようになりました(なんだかいきなりすごい話ですが、もう少しおつきあいください)。そんなにすごい能力を得ても、行者さんのお腹は空くようで、町に食べ物をもらいに行くことにしました。行者さんはある家の女性に食べ物をくれるように頼み、その女性も快諾してくれたのですが、その後いくらたってもその女性が出てきません。行者さんはイライラしてきて、口には出さないけれど、「すごい能力をもつ特別なわたしをこんなに待たせるなんて、なんたることだ!」と心のなかで怒りを感じていました。

 そうすると、なんと、頭の中にその女性の声が響いてきます。「どうかそんなにお怒りにならないでくださいませ。あなたは森のなかで立派に修行をして、頭からレーザーが出るというすごい能力をもっていらっしゃることは存じております。でも、どうかもう少しだけ待ってくださいませんか」と。行者さんはびっくりしました。少しして、食べ物をもってようやく出てきた女性に、なぜあなたは私の過去を見通せたり、頭のなかに声を届けたりできるようになったのか、どんな修行をしたのかと問いかけました。

 その女性のこたえはこうでした。「私は特別な修行をしたわけではありません。ただ毎日の家事や労働に勤しんできただけです。今、こちらに出てくるのが遅くなってしまったのは、病気の夫の世話をしていたからですが、それも私の大事な役目だと思って、ただひたむきに世話をしています。ほんとうにそれだけです。もし信じられないというのなら、これからお話する別の町に行って、私の知り合いのお肉屋さんを訪ねてみてください。彼はヨーガについて重要なヒントをくれるでしょう」。

 行者さんは、ただ毎日を送っているだけでそんな能力が身につくとは思えませんでした。しかも当時、インドでは、肉を扱う人びとは差別の対象になっていたこともあって、そんな人に会っても意味がないのではと、疑問にも思いました。それでも、先ほどのただならぬ経験から、とにかくそのお肉屋さんに会ってみることにしました。

 

 女性から教えられた町につき、ある小路に足を向けると、大きな包丁でダンッダンッと肉を切り分け、大きな声と笑い声でお客さんとやりとりしている、大柄で太った男性がいました。行者さんはその様子をみて、ほんとうに大丈夫だろうかと、たじろぎました。行者さんをみつけた男性は、ダンッと包丁を置くと、「おお、あなたがあの女性のお知り合いですか。さて、ヨーガのどんな智慧をおもとめですかな」と声をかけてきました。

 

 行者さんも少しずつ話をはじめ、ついには、その男性がヨーガについて途方もなく深い知識と洞察をもっていることがわかり、感服してしまいました。行者さんはおもわず「あなたはそれほどの智慧をもっているのに、失礼ながら、なぜそのような酷い仕事をされているのか」と尋ねました。そうすると、その男性は、先ほどの女性と同じように応えました。「私は自分の仕事を酷いものだなんて思ったことはありません。目の前にやることがあり、それに感謝して、ひたむきに取り組んでいるだけです」。

 お話は以上になります。いかがでしょうか。ちょっと肩すかしかもしれないですね。結局、家事をしていた女性も、肉屋の男性も、どちらも何も特別なことをしていないのですから。

 

 むしろ、ここから私たちが学ぶことは、ヨーガは日々のなかに、日々の心がけとともにあるということです。そのように考えると、冒頭のヨーガの8支則のなかで、教えにあたる1と2が大事なものに思えてきませんか。

 

 さて、このことをふまえて、次回は、1.禁戒(してはならないこと)について詳しくみていきましょう。